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2009年8月 6日 (木)

短歌をよむ・その2

「短歌をよむ」を読み終えました。
その中で心に残った文章をいくつか挙げてみます。

○短歌にするということは、非常に主観的な感情を、一度客観の網にくぐらせるということである。主人公の自分を見つめるもう一人の自分がいなくては、定型にしあげることはできないだろう。

○歌をつくりはじめたころというのは、歌にしたいという何かが心のなかにあるのだけれど、なかなかそれを言い表す言葉が見つけられない。見つけられずにもがく。三十一文字という形式にも慣れず、じたばたする。このもがいたり、じたばたしたりすることが、意外と大切なのだろう。

○ところが次第に慣れてくると、適当なところで、すっと言葉が見つかったり、ほどほどのところでさっと三十一文字にまとまったりするようになる。違う違うこの言葉じゃない、もっともっと心に近いものを、というしつこさを発揮するまえに、カタチになってしまいがちなのだ。

○結局は生きたぶんの重みが、短歌を支えるものとなる。ならば懸命に歌いつづけようとすることは、懸命に生きようとすることだ。深く歌おうとすることは、深く生きようとする願いを持ちつづけることだ。

平易で読みやすい文章でしたが考えさせられることも多々ありました。
折々に読み返してみたいと思います。

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コメント

 すっと言葉はみつからないんですけれど、なかなかまとまらないんですけれど、それなのにテキトーな言葉をつかってしまいます。
 指摘されて、やっと気がつく。
 指摘されるとおそろしかったりする。^^;;

16年が経ち俵万智さんの考え方も変化したのかもしれませんが、作歌の根底にあるものは不動なのでしょうね。
言葉は最初に見つけたのがいい(と思う)こともあるし、推敲してよくなる(気がする)こともあるし、難しいですね。

こんにちは。
この文章を読んで、自分はいまどこに居るんだろうと考えてしまいました。自分の気持ちを短歌にしたくてじたばたしているのは、今もまだ変わらないし、変に言葉がまとまってしまって、ああでもないこうでもないと四苦八苦もしています。二番目と三番目の中間あたりでしょうか。
この難しい壁を乗り越えたときに、やっと短歌とはなにか、というのが見えてくるような気がしています。いまは考えず、気持ちと言葉がしっくりと合ったものが詠めればいいと思いました。

中森さん、こんにちは。
コメントありがとうございます!

そうですね。短歌をはじめたばかりの頃はただ楽しく詠んでいても、やがて色々思い悩むようになりますよね。多分2番目と3番目の間で行きつ戻りつしている人が多いのではないかと思います。
自分自身のことを考えても両方の部分があるような気がします。
簡単に妥協せずに言葉を吟味することが大切なのかな。
難しいけれど自分で意識していくべきなのでしょうね。
でも作歌は自分のペースで無理せずにいきたいですね。

PS・・N短2度目の入選おめでとうございます!
私も2度目を目指して頑張りたいです♪

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