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うたらば

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2009年8月13日 (木)

うたのわ8/13

蝉時雨 肩にふりつむ涓滴の夏の夜の夢こぼさぬように

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

暦の上では秋ですが、まだまだ気分は夏なので。。
最近、地震が多くてちょっと心配ですが、お盆休みの季節、皆様お元気にお過ごしください。

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コメント

 ふんいきは感じるのですけれど、情景がわかりません。
「蝉時雨」は蝉の鳴き声。「涓滴」は水のしたたり、もしくは微小なもの。「ふりつむ」は降り積もること。
 蝉時雨のなか、どこからか涓滴が肩に落ちているのでしょうか? そして、滴が積もるのでしょうか? まず、ここでわかりませんでした。
 下の句の「夏の夜の夢」はシェイクスピアやメンデルスゾーンからきているのでしょうか? もし、そうであれば、他の部分がそれを支えるようでないといけないと思います。これは強い言葉です。また、なんとなくのイメージで使った場合は、ありふれている言葉でもあります。この場合は、そのありふれているものの使用が納得できるような作りでないといけないと思います。
「こぼさぬように」は、「夏の夜の夢」と「涓滴」をかさねあわせて、「こぼさぬように」と言ってみたのでしょうか。
 いろいろなイメージが散りばめられているのですが、それぞれの言葉の関わり合いと、言葉の選択による説得性が少ないと思います。それぞれの言葉の間の飛躍はとても魅力的なのですけれど、どうしても掴めないのです。もちろん謎な部分は必要なのですが、そういった謎と、感覚的に掴めないこととは別のように思います。(わたしも、うまくは言えないのですけれど。)
 すぎさってゆく夏を惜しむ、というのもあるかもしれませんけれど、いま、自分が感じているこの、何気ないかもしれないけれど、ひとつひとつの夏を、しっかりと受け止めたい。と読みました。

肩に降り積もっているのは蝉の声=夢です。
夏の夜に鳴く蝉の声は賑やかなのに儚げで肩にそっと降り積もっていくようにも感じられます。
そのかすかなもの(涓滴)が夢なのだとしたら、こぼれおちないでほしいと願ったのです。

 ふと、小島なおを思い出しました。
げんざいの自分のたしかな感覚を鮮やかに、かろやかに、そしてとてもおちついて詠う。

短歌 平成二十年十一月号
「特集 角川短歌賞、20年間のすべて」

成長痛 より

明け方のかなかなの声少年の成長痛の右足に降る  小島なお

はちがつのわたしの足がまたぎゆく蝉の抜け殻、眠る妹
(実際には、蝉は旧字)

遠雷のときおりひびく交差点貝のかたちの耳が行き交う

目も耳も入り口であり出口なる 空もわたしも仰向けの夏

足首まで水に浸かればゆっくりと老いゆくわれらの影は美し

小島なおさんは高校3年で角川短歌賞を受賞された方なのですね。
若い感性が感じられる歌だと思います。

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